「日本生理学雑誌」58巻2号(1996年2月1日発行)に、「巻頭言」として以下の文章が掲載されました。

*** 「生理学と女性研究者」 ***

昭和大学歯学部生理学教室 半場 道子

 1993年の国際生理学会 の折に刊行された The logic of life には、生理学の次のステップに向けての多彩な挑戦が述べられていた。今後、生理学の研究テーマも実験方法も大きく変化し、それに伴って優秀な人材を如何に確保・育成していくかが、ますます問われるものと予想される。若手研究者の育成や生理学教育のあり方が、緊急課題として巻頭言に提言されていたが、この10年間の医, 歯, 獣医学部における女子学生数の比率を見ると, 17 %から26%に, 19%から30%に, 29%から50% にそれぞれ増加している(文部省平成7年度調査)。生理学を志す研究者数にこの比率が反映すると推測されるので、女性研究者の育成についても検討頂くべき時期と思い、学会員 3442 名の11% (1995年3月末で378 名)を占める女性会員の現状と、将来の課題について述べさせて頂く事にした。

 研究者に男・女の区別はないにもかかわらず、何故女性研究者かと疑問を抱かれるかもしれないが、出産、育児の使命を持つ女性研究者のライフサイクルが男性とは異なっており(科学1985)、それがために研究環境、採用、昇進に大きな差異が生じているからである。現在、生理学会女性会員の地位別比率を大きい順に並べると、定職なし(大学院生・引退を含む)34%、助手30%、講師9.3%, 技官8.7%、助教授6.6%, 教授(短・看・その他を含む)6.6%となり、自立した研究者と目される講師以上の層が少なく、補助的役割の大きい定職なし、技官、助手の3ランク合計が73%を占めている。採用される事の難しさを示す最多層では、科研費の申請が出来ない事も重なって、優秀な資質を持った研究者がやがて離脱し、学会の底辺が拡大しない要因になっている。

 海外でも女性研究者の問題は、実験に長時間の努力傾注を要する分野ほど大きく、Science (263,1993)は自然科学における女性研究者の困難な現状と、それに対する各国諸学会の取組みを特集で報じている。米国生理学会(APS)では、女性会員の比率は日本とほぼ同数(12%)であるが、最も数の多い地位が助教授、次いで教授と講師層が同数で3ランク 合計が女性会員の40%以上を占め、学術誌編集者 や政府委メンバーなど活発な活動を示している。日米両者を比較する時、国による社会環境・職制上の相違を割引いても、なお大きな格差が感じられる。APSでは、女性が研究から離脱する時期への支援策、研究者や学生に助言や励ましを与えるmentor 制度などを通して優秀な人材の確保を図り、好結果を得たとしている。

 私達は昨年女性研究者の会を作り、互いの協力で研究環境の向上を図りたいと考え、女性会員の現状の統計調査に着手したところである。女性研究者の問題には社会構造上のひずみが大きく含まれる事は確かであるが、学会としても海外諸学会の取組みの例にならって, 女性の能力を伸ばし活用する方向に、具体的な対応策をお考え頂けるよう願っている。基礎医学の研究者養成には長い期間がかかり、また自然科学分野の今後の人材不足も危惧されているだけに、緊急に考慮されるべき事柄に加えて頂きたい。生理学が厳しい課題を課せられた現在こそ、出身学部や性の違いに拘泥せず、制度を活かし、時には制度も乗り越えて新しい研究体制を再考すべきであり、その事が生理学を魅力ある学問として、学生や若手研究者を惹きつけることになると考えている。


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