統計から見た日米女性研究者の比較

半場道子(昭和大学歯学部生理学教室)

 日本生理学会女性会員の人数,地位,専門分野などの正確な現状を把握したいと考え,生理学会に資料の提供をお願い致しましたところ,会員名簿から下記のような統計数字を戴きました.米国生理学会の場合と比較しながら,日本生理学会女性研究者について,報告いたします。コンピュータ操作をして下さったのは学会事務局の瀧さんです.労を惜しまず御協力下さった事に心から感謝します.

女性会員数

 生理学会に所属する女性研究者数は1995年3月末で378名です.これは日本生理学会会員3442名の約11%に相当します(図1).この数字を見た瞬間の反応は 何故か「えっ,そんなに少ないの?」と「えっ,そんなに多いの?」という両極端に分かれました.前者には「学会70年の歴史の中で,女性研究者は本当にまだ minorityなのですね」という感慨,後者には「378名もいるにしては,学会で目立たないのは何故でしょうね」という疑問が次の語句に続きました.あなたは何をお感じになった事でしょうか.

 これを米国生理学会(American Physiological Society, APS) の場合と比較しますと,1992年の統計で全会員7321人中女性会員は866人,全体の12%です(図2)から,女性会員数の比率は,日米間でほぼ同じと考えられます.

ここに図1と図2が表示されます

職場における地位

 日本生理学会女性会員378名の内,250名が職場における地位を申告をされていて,その詳細は図3のとおりです.この図は入会時に記載された地位がそのまま数字に表れており,その後 地位の変更があっても,学会に本人からの連絡がない場合は修正出来ずにいるので,必ずしも現在の地位を正確に反映しているとは限らないとの事ですが,概略は研究技術・補助員,技官・研究助手など33名,助手113名,講師35名,助教授25名,教授・理事長25名,研究員9名,主任研究員5名,研究部長1名,臨床医師・非常勤講師など4名となっています.地位の申告のない「その他」128名は大学院生,会社・研究所勤務,非常勤,引退,連絡なしの方々でした.

 職場における地位別に女性会員の構成を見ますと(図3),助手30%,講師9.3%,研究技術員・研究助手・補助員など8.7%,助教授6.6%,教授・理事長6.6%,研究員2.4%,研究部長・主任研究員1.6%となっています.地位の申告なしの「その他」(大学院生,会社員など)が全体の34%を占めており,これに助手の30%,研究技術員の8.7%を合わせると72.7%となり,日本生理学会女性研究者の実に73%がこのような地位にある事がわかります.

ここに図3が表示されます
図3. 日本生理学会女性研究者の地位

 これを米国生理学会の場合と比較しますと,1992年 APSで行ったアンケート調査,女性会員866人中567人から得た地位に関する回答で,図4のような結果が明らかになっています.上位3ランクの地位にある教授,助教授,講師の合計が回答者の61.4%をしめ,女性会員全体の40.2%を占めています.他方,日本では教授,助教授,講師の占める割合は女性会員の22.5%です.両国間のこのような数字上の相違は,米国における文化,伝統,社会環境上の相違や,職制上の相違を割り引いてもなお,女性研究者の地位に大きな格差を感じるところではないでしょうか.

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図4. 米国生理学会女性研究者の地位
(Physiologists Vol.35, No.5, 1992)

 ちなみに日本生理学会における女性教授24名の内訳は,大学では医・薬学部9名,体育学部2名,その他7名,短期大学では医療・看護4名,その他2名でした.

 参考までに,APS で行ったProfessional Activitiesに関する調査結果を,私達の遠い未来像として表1に示しました.学術専門誌のeditor, National committee memberなどその活動は多彩です.APS ではこの様な調査結果に基づいて,「米国生理学会の女性会員は,非常にproductive な科学者であり,多様な研究,管理,教育活動に従事している事が判った」と調査結果を締めくくっています.このような専門学術領域における活動状況を把握できる資料は 日本生理学会の資料に入っておりませんので,比較はできません.参考までに示しました.

表1. Professional Activities
(Physiologists Vo.35, No.5, 1992)
No. of Respondents
Journal editor 30
Journal editorial board 125
Study section member 106
Officer in major society 67
National committee member 78
Ad hoc reviewer 301
other 39

女性会員の年齢

 378名女性会員の内,349名の年齢が明らかになっています.これを10才毎の年代でその構成を整理したところ,表2のようになりました.最高年齢92才,最低年齢22才,平均年齢は42才でした.研究者として,最も活発な活動時期にある30-40才代は220名,全体の 63%となっていました.

表2. 女性会員の年齢
年齢 人数(人)
70歳以上 7
60-69歳 24
50-59歳 45
40-49歳 104
30-39歳 116
25-29歳 49
24歳以下 4
合計 349

女性会員と専門領域

 日本生理学会女性会員の専門領域を,本人の申告のあった207名の場合について見ますと,図5のような結果になりました.領域の項目が細分化して25にもおよんだため,いくつかの項目を併せて8つに分類しました.これが生理学会全会員の領域における比率をそのまま反映しているのか,あるいは女性研究者が得意とする領域を表しているのかは,今回のデータからでは判りません.

ここに図5が表示されます
図5. 日本生理学会女性研究者の専門領域

 図6に,米国生理学会女性会員567人から得られた専門領域に関するアンケート調査の結果をしめしました.APSでは全会員に関する調査により,循環血液系を専門領域とする研究者の比率が大きい事がわかっており,図6の女性研究者の領域の比率はそのまま全会員における領域の比率と変わらないそうです.

ここに図6が表示されます
図6. 米国生理学会女性研究者の専門領域

女性会員と取得学位

 博士の学位を有する会員は149名で,その内訳は医学博士が最も多く112名で75%,理学博士15名,10%,薬学博士12名,8%となっています.

まとめ

 以上,日米生理学会女性研究者に関する比較から目立って言える事は,会員の男女の比率においては11%(日), 12%(米)とそう大きな相違はないのにもかかわらず,地位,身分では大きな格差があり,研究者として自立しているであろう講師以上の層が日本の女性研究者には少ない点です.その原因を探り,実態を正確に把握し,また対策を立てるためにも今後の詳しい調査が求められます.

 統計数字の上から見ただけでも,私達のおかれている現状は厳しいものがあります.しかし,知的創造力を最大の資源とする日本で,基礎科学分野における将来の研究者不足が危惧されるようになり,女性研究者の確保と育成が必要であると学術会議からの提言「女性研究者の環境改善の緊急性について」が出されるまでに時代は動いてきました.女性研究者に対する社会的な意識の変革や,人材育成方法の改善など具体的な対策が緊急に求められますが,その前に,まず会員の皆様自らが数字に表れた女性研究者の現状を認識していただけたらと思います.


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